さらにもう一つ溜まっていた出会い厨レポート。

 これは六月上旬にやったオフですな。時系列は、先ほど書いたものよりも古いです。

 

 ……そんなわけで久々の出会い厨。セックスは出来なかったが、とにかくいろいろ話す。

 

 花見の時期の大規模なオフで知り合いになり、ようやくサシで会う事になって、シブヤである。到着して待ち合わせ。すると向うから、二か月前とは比べ物にならないくらい、垢ぬけて美人になっていた女子がやってきた。女子三日あわざればカツモクして見るべし、みたいな。「これでも地味なんですよー」とおっしゃるが……。

 全体的に黒ベースだけれど上着はファンキーな柄遣い、スカート丈は可愛く短く、髪はほどよくだらしない茶髪が軽くていい。丸のメガネのかわいい違和感も楽しい服装。花見の時はもう少しオーラが弱かった気がするが、今日は遠くからでも天性の明るさが見えるくらいで、顔は美人なのにかわいい雰囲気だ。

 

 そんなこんなで、ラブホ街へさっそく。早き事風の如しの猫さん。ラブホ街の喫茶店に行けば、話は早かろうという判断だ。

前々から渋谷のラブホ街に、異様に老舗な喫茶店があるのは知っていた。そこでゆっくりし、勢いのままラブホに行ければと言うのが本日の計算である。だが、その喫茶店は、知る人ぞ知る……


 「名曲喫茶・ライオン」。http://lion.main.jp/

 

 素晴らしい場所だった。戦前からオープンしている由緒正しい名曲喫茶。

 中に入ると、数名の「真のクラッシック好き」たちが、静かに一人の時間を楽しんでいる。

 とても、会話できる雰囲気ではない……荘厳な音響装置、大量のレコード、建物の調度……ガチ喫茶だ……。大失策の猫。とてもエロい気分にはなれない……

 

 当然会話できるはずもなく、やむなくノートで筆談……。

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 いやしかし、雰囲気は最高によかった。

 無言で手をつないだりする関係だったら楽しめただろうが……。笑いをこらえるのに必死な二人。静かにしているのに、さぞ我々の雰囲気は周囲の人にはうるさかっただろう……。

 まあ、何だかんだいうて、楽しんだものの、大幅なタイムロス。ぐぬぬ、休憩セックスのプランが崩れる……。

 

 しかたなく、今日はセックスをあきらめ、とにかくいろいろ話を聞こうと、近くのバーにフレンチトーストを食べに。

 さっきの反動か、もうとにかく話す話す話す。

 もともと明るい女の子だったので、明るい雰囲気の大洪水が、にぎやかにあふれ出ていた。たのしいのなんの。沢山質問する。簡単な生い立ちや、野心、現在やっている事とか、あるいは最近の定番の質問「いつ自分が美しいと自覚しましたか?」や、つきあった男の話など、自分の仕事にもつながる質問を多数投げかける。かしこい女の子で、打てば響く響く、興味深い答えの数々だ。

 

「なんていうか、私やっぱり、自分の心とかずっと考えてるんですけど、やっぱり私、自己中なんだなって凄く沈んで、結局私は私を愛しきれてなくて、ウツウツとした気持ちが、生理の前とかに出ちゃって、抑えなきゃって思うんですけど、やっぱり「ちっ」とか出ちゃう、そういう自己嫌悪があって」

 

「私本当に恵まれているんです。幸せなんです。でもあー、どうなんだろう。自分、絶対手とか切らないし、薬だって飲まないけど、どうしてだろう。なんでこんなに幸せなのに、つらいと、ハグして貰わないとダメなんです。ハグって愛だと思うんです。でもどうなんだろう、愛とか私無理なのかもしれない」

 

「性とか、そう言うの違うんです私、好きな人は絶対に私の事スキになってほしくないっていうか、もし好かれたら、ハァ? って感じで、今まで付き合った二人も全然好きじゃなかった。大切にしてくれたのに。つらい時期助けてくれたのに、全然私愛じゃなくて。でもハグって愛かなって思うんです無償の」

 

 言葉の洪水を浴びながら、ふと「性」にかかわる事に関しては、その流れが止まる時がある。

 そこにどうも引っかかりがあるようだ。別に潔癖という訳でもなさそうで、猫さんは途中でセクハラのように手を触ったり太もも触ったり(生足だった! ミニスカ生足!)していたのだけれど、嫌がる感じはなく。

 ただ、それでも、男子に性的な目で見られる事、性的な空気を出されるのが苦手だという。もしそういう空気を出されたら、嫌だというか、「自分に嫌悪感」になるらしい。好きな人、楽しい人、大切な人から「性的な目で見られる事がつらいし、嫌だし、されたら、された自分に嫌悪感がある」との事。

 これは非常に興味深い。


 相手ではなく、「自分に嫌悪」する。「猫さんは出会い厨とか言ってるけど全然楽しい話とかするからいいんですけど、セックスとかすると絶対私悲しくなるしつらいし絶対自己嫌悪すると思うんですよ」との事。その感覚はなんとなくわかる。

 

 そして、そこから頑張るのが、カルチュアライドアーバナイズインターネットセックラー・文化的都会派出会い厨の油なめ猫さんである。

 なぜ、性的なものを嫌悪するのか。

 なぜセックスが嫌なのか。

 そこの話をじっくりと聴く。聞く事が、私にとっての「セックス」でもある。

 

 ぐいぐい聞く。「例えば、男子とのハグと女子とのハグは違うの?」と質問。すると、違う、という。「女子より男子のハグの方が安心感があるような……性的なものじゃないんです。性的なニュアンスがあったら引いちゃうかな……」

 このへんが、すごく興味深い。

 男子の、性的でないハグ。性的でないことが重要なのだろう。「性的ではなく、人として何かを施して貰う事」がいいのかもしれない。それは「女の身体」ではなく「私」の本体を見てもらえるからではないか。

 

 でも、「私」というものを、それだけ「身体」と引きはなせることは、可能だろうか?

 私は、最初から伝えてある。「私は貴方とセックスしたいがために、お茶してますよ」と。現に、話している最中、 その綺麗な足のミニスカートを、何度も直す仕草に、性的にうれしいし、ぼんやりと胸元だって見る。もちろん、そればっかりはしていないけれど。でも、見ている。足を触りたいなあとも思う。

 

 もちろん、そればかりではない。その体に、それを言う、女の子本体の人格が宿らないと、それはただの肉の塊に過ぎない。「私」と「身体」は不可分ではある。ただ、「私」はどこまで「身体」を受け入れられるか。女子として、「身体」と「私」を結びつけるのは、いま困難なんじゃないのかとも。

 

 それはやはり、男性側……いや、女性からもそうか。「まなざされる社会構造」がそこにあるような気がしてならない。「私」ではなく「身体」、顔、胸、足、股……それらを「見」ようとするバイアスが、「私」と「身体」の関係を危うくしている。だれも「私」を見ていないような、そんな社会だ。

 

 「私」を見られるためにはどうしたらいいか。まず「性的な目」を外してほしい。そういう願いが、「セックスとは無関係なハグ」に込められているような気がしてならない。

 射るような目で身体を見るのではなく、「セックスとは無縁の身体で触れあいたい」。そこに、ハグへの欲求があるのではないか。

 

 でも、それでも「男」がいい。異性がいい、という所に、かすかな希望と、エロスを感じるのは、出会い厨である男の私の欲望だろうか。ちんちんを切り落としても、オトコがいいと思ってくれている。そこに、言いようもない喜びと切なさがあるなあ。

 

 さて、ここからどうするべきか。「今度タロット占いして下さい!」というので、頑張ればまた出会える。ただ、どうすれば猫のちんちんを笑顔で触ってくれるだろう。なめてくれるだろう。真剣に考える。どうすれば、どう接すれば、どう話を、言葉を、顔を、すれば、ちんちんと、わかりあってくれるか。

 

 それを考えるのは楽しい事だ。


 酒以外の方法で、なんとか私のちんちんと、その女の子のまんこを引き合わせたい。そのために、また楽しくて、深い会話を沢山したい。またあの明るく、ハジけた声を沢山聞きたい。そう思った猫さんであった。

 

 以上、久々の出会い厨レポートでしたが、「話すのは好きだけどセックスは絶対にNO」という女子というのは沢山いる。おのおの、セックスをしてくれない理由は違う。


 その理由の違いを、出会い厨は楽しみたい。絶対に負ける戦だからこそ、挑戦する価値はあると思うんですよ。