ストリップに行った話!
ストリップを見た。乳を見た。
どうして見たのか。出会い厨した女の子が不意に「ストリップを……見たい……」と。
女の子、なぜ猫氏と会ってくれたかというと、ライブがコロナでなくなってしまったから。
泣く泣く猫氏と出会い厨してくれたのだった。浅草、雷門。ストリップと言えば、浅草や。浅草ロック座や。
見たんや。女の子と。17時からの回を見た。
ロック座。すべて当日券で買える。
猫氏は女の子といったからカップル割引適用。入り口にはバルーン花。さまざまなファン一同が万単位の花を送っていて、二階に受付。ジェントルマンがもぎりをしていた。
携帯電話はマナーモードに。使用はロビーだけ、と硬く釘を刺される。
てか、13時から21時まで、1日5ステージ。1時間40分のショーよ……いつ踊り子さんは休憩するんだ……? と思いながら、花道脇最前席に女の子と猫氏は待機。
9割男性の客だが、ほかにもカップル割の人がいて、女性の姿もちらほら。ただ、女性一人客というのはいなかった様子。
劇場には匂い対策なのか、ハッカ系……? フローラルな感じのお香なのか匂い消し匂いがずっと漂い、これは慣れない人にはややつらいかも。
約100席ほど、僕にとっては快適な劇場空間……。
とか思ってたら始まった! 幕が開く。女王様と犬っころたち4匹による、音楽とともに奏でられる無言劇だ!
ワンチャン達を引き連れた女王様がマント1枚羽織り、ワンチャンと幸せに暮らす景。やがてワンチャン達と離れ花道にくると、マントを翻して、おっぱいが出てきた。おっぱいが出てきた!
「見てくれ!」って形のおっぱいだった。
「私は体を持っている!」と言わんばかりの踊り子。
「私の体は私の物で、それを私は、見せたくて、見せている!」という舞い方。見せ方。
格好良かったなあ……。高いヒールで、すごいポーズ。でも体は震えない。稽古してるんだよ。自分の肉体を見せるための稽古を。
「私の体は私の物」だから。「見せたくて見せている」から、強い。
誰にも操られてない、社会にも、時代にも、他人にも操られていない、私が、私の意志で、私の自由で、私をよく見せるために動きに制限を付けて、おっぱいを、まんこを見せる。すごい芸だ。
猫氏は最近インポテンツなのだけど、ちんちんがおっきくなる。ただちんちんが大きくなったのもファーストおっぱいまで。
以降のストリップは「かっこいい表現だなあ」という視点。もちろん、エロかった。だがエロ以上にカッコいいが勝つ。その根源は「体の所有権は私にあり、それを自由に使って見せる」という、踊り子さんのカッコいい精神と、それに付随する演出と稽古量が、ずこく……よかった。かっこよかったなあ。
もちろん、エロなのだ。エロ。男のちんちんを立たせるためにやっていて、アートのためとかそういうわけではなくて。ただエロを突き詰めると、「私はここにいる」になるのではないか。
「あなたとは違う肉体を持った私がここにいる!」「私を喜べ!」と、迫ってくる。
それを祝福するところに、ちんちんの立ちがあるんじゃないか。
目の前に人間がいて、他者がいて、それを喜ぶ反応が、ちんちんの立ちなのではないか。
決して、エロ抜きではストリップは語れない。エロをして、エロをきわめて、そのの向こう側にある、哲学や喜びを、ストリップは表現してるんじゃないかなあと思ったのだった。
だから、セックスもそうなのかなあ。
「あなたとは違う私を認め、存在を喜ぶ」みたいなことなのかなあと思った。ただちんちんをまんこに入れるのではなく。
ショーが進み、5人目の踊り子さんだったか。一緒にいった女の子の観客が珍しかったのか、踊り子さんがカバッと女の子の方を向いて、ウインク。そして、股を広げて、ファンサだ!。
女の子はのけ反り、大興奮。一瞬でファンになり、帰宅即ツイッターをチェックしたらしい。喜んでたなあ。帰りの電車ずっと興奮していた。
「女性一人だとストリップ行けなかったんでよかったです」と感想。そうか、女性一人だとなあ……。
というのも、「男性のお客さんが女の子と話したそうにしていた」というのもある。一人だったら話しかけられてたかもしれない。それが怖そうだ。劇場側が入りやすい雰囲気をしてたけど……
女性一人だと入れない場所って結構あるんだなあ。
そんな時こそ、出会い厨の猫氏をぜひ活用してほしいものだとも思う。
とはいえ、これ本当、男性の意識というか何かが変わらんと、女性は生きづらいと思った。いろいろ工夫をする人たちがいても、男性の根底が変わらないから、うまくいかない。
ストリップが成立する空間。劇場機構があり、外部から遮断された強い防御力と信頼のある空間。
盗撮や暴力の心配がなく、客の強いモラルがあってこそ成り立つ空間で、ようやく女性は、自分の身体を自分のものとして見せることができるのかもなあ。
これ、客の質が悪かったら、成り立たないと思うのだ。「女性の体が女性の物として、自信をもって生活できる」空間が、ストリップ劇場の外にも広がらないものだろうか。家庭に、職場に、街に。そこには男女込みで、高いモラルが必要だろう。
そのモラルって、どうしたら高めることができるんだろうなあ。私も含めてですが……。
っていう、ストリップに行ってきた話、でした。
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